笠岡諸島で干上がった話

ご訪問、ありがとうございます♡

ここしばらくブログを放置しているのには、理由があります。
開封すらしていなかった「DQ11」をお盆の頃にようやくプレイし始めまして、とりあえずレベル99にするまでは終われません。
それから、秋にあるとある試験の勉強を本格的に始めなくてはならないので、今後もしばらく(間違いなく)放置するでしょう。
どうかご了承ください○

で、夏が過ぎ去ろうとしているこの時期に、ふとUPしてみたくなった写真があります。
えと、(ゲーム時間確保のために)長文書けないから、写真でごまかしちゃえ、というヤツです。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




岡山県に面した瀬戸内海の島々は、ほとんどが香川県の島である。
「二十四の瞳」で有名な小豆島も、今ではアートで名を上げた直島も、香川県の島である。
観光客は“瀬戸内海の島”として、自動的に香川県を訪れているわけだ。
ひきかえ、影の薄い岡山県が所有する、それなりに大きな島々が笠岡諸島である。

誰も知らないけど。

とは、言いすぎだが、
笠岡に住んでいる人を除いて、岡山県人の意識に全く上がってこない島々である。
はるか昔に映画のロケ地になったこともあるらしいが、テレビの旅行番組に取り上げられることのない島々である。

そのマイナーな島々に先月行ってきた。
暑さに超弱い人間が真夏の炎天下になぜ行こうと思ったのか、ものすごくナゾだ。で、当初の予想通り、激しく消耗して帰ってきた。
あれか。
観光地化されていない(過疎化が進む)離島を初体験しました~^^
と思えばいいのか。


小学生3年生のとき、大好きだった担任の先生が転勤になった。行き先は「真鍋島」。
だから「真鍋島」をまず目指した。
(地図は笠岡市のホームページよりお借りしています)


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真鍋島は猫の島である。
船を下りると、通りに猫がちらほらいる。野良だが、人慣れしている。
島にやってきた客数人に囲まれていたが、暑いせいでどうでもよかった。



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島の大半が山で、海岸沿いくらいにしか平地がない。
平地を歩くだけで汗だくになるのに、山道なんて歩けない。
というわけで、基本、平地オンリー。



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真鍋島の特徴に、路地の多さがある。
このノスタルジックな“どこかで見た風景”が売りのひとつ。
が、感傷にひたることもなく、




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ニャゴに癒されることもなく、



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あ、真鍋中学校。
(今は小学校もすぐそばにあります)
(担任の先生が赴任した旧真鍋小学校は島の南で旅館をやっています)



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坂道。
この先はやめておこう。



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なもんで、
歩くところがなく、
再び海岸に戻ってきた。




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だれもいないよ。
瀬戸の海。青々としているが、
暑いせいでどうでもよかった。




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日差しの色が、
とても岡山県とは思えない。
どこぞの南国か。
庇すらない。



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なんとか公園で、
ニャゴといっしょに休む。



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太陽を避けるため、再び路地。
路地が入り組んでいて、迷路のようになっている。




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真鍋一族の家がある通り。
ここだけ、雰囲気がなんか違う。




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もはやどこの路地か、覚えていない。




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ずっと西に向かって歩いたので、
東に向かってみる。
ていうか、船が来るまで時間をつぶさなきゃ。



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真鍋島ふれあいパークの先の「天神社」。
岬に建っている。



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唯一の木陰。
坂道だけれども。




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展望台というには、松が雄々しく茂っていて、
なんも見えない。




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ちょっとしたお宮が、島のあちこちにある。
いつもなら目を輝かせるが、
暑いせいでどうでもよかった。



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船着き場。
民俗資料館も兼ねている。
島で唯一の公共の場。(扇風機のみ!)




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港にある「船出」というお店。
予約なしで行ったのに、快く迎えてくれた。
正真正銘、ただひとつの体力回復ポイント。




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写真、おしまい。


UPしていませんが、「円福寺」、「真鍋邸とホルトノキ」、「ふるさと村資料館」には行きました。
でも、つくづく思ったわけです。
観光地化していない、ということは、

○コンビニがない。(船着き場に自動販売機があるだけ)
○当然カフェ的なところもない。
○要するに公共の空間がない。
○つまり、
延々と、酷暑の中を歩かなくてはならない。



……どんな苦行だ。
いや~、島に渡る前に、お茶買っておいてよかったわ。




ところで、帰り際、ほほえましい出来事があった。
船に乗り込んだとき、前の席の男の子が声をかけてきた。

「あの、頭にバッタがいます」

は?
思わず頭に手を伸ばそうとしたが、へたに潰してはマズイと思い、
「ごめんなさい、取ってくれますか?」
と頼んだ。
男の子がつかまえようとしたとき、バッタがわたしの背中に飛んだ。Tシャツに必死にしがみついている。
おかげでバッタを見ることができた。

トノサマバッタよりひと回り小型の……

(あ、お前、神社に向かう山道で会ったヤツじゃん!!)

まさか、あのときから頭にいたのか?
男の子はようようバッタを引き剥がして、外に連れていった。
船が動き出してから、ふと思った。

(あのバッタは島の外に出たかったのかもしれないなあ)

じゃあ、悪いことしたかな?
でも頭にバッタを乗っけてこれ以上歩くわけにもいかないし。
それに、次に下りるところは、ここから5分の北木島だよ。


結果的にバッタの思惑は外れてよかったのかもしれない。
北木島は石の島で、石が観れたらいいな、と思っていたわたしは当てが外れた。

真鍋島以上に陽がさんさんと降り注ぎ、頼みのお茶も切れ、足も動かなくなり、ついにHPがついえた。





以上、笠岡諸島で干上がった話でした。




そうそう、
真鍋島に行った担任とちょうど1年と半年後お会いしたが、先生はサングラスをかけ別人のように黒く焼けていた。
いったい何があった!? と当時は思ったものだが、そりゃ、そうだよね、と納得。(今さらながら)


そんなとこです。
笠岡諸島。




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# by mao-chii | 2017-08-26 02:35 | 出来事の話 | Comments(0)
有名な短編である。
怪奇・恐怖系の短編集では必ず登場する作品である。

欧米で19世紀後半から20世紀初頭に発表された怪奇短編(もしくは中編)小説は多々あれど、今読むと「長いなー」と思ったり、「微妙だな~」と思ったりするものが多い。
1人称が多く、やたら持って回った語り口で、それが最終的に作品の味になっているのならいいけれど、「ふう、ようやく読み終わった」と息をつき、筋や内容に浸ることもなく、本を閉じてしまうのはどういうわけか(そしてもう2度と開くことはないだろう)。
ぶっちゃけ、読んでいるだけで眠くなってくるものが多い。

そんな“苦行”系怪奇短編(もしくは中編)小説の中で、ほど良く短く、テンポ良く、起承転結がスパッと決まって、ついでにぞくっとする感覚も味わえる完璧な短編、それがこの『猿の手』だ。
発表は1902年の、すでに20世紀。そうか、時代が新しくなるほど、とっつき易くなるのか。

しかし、
これから100年先の読者にも、おもしろい! と思わせることのできる短編
だと思う。
発表から100年経った21世紀の読者がそう言っているんだから、間違いない^^
わたしはいつも口直しで読んでいる。うん、何度読んでもおもしろい!
後世のいろんな作品に影響を与えているから、もはやあらすじを書く必要はないほどだけど……。



 外は寒い晩で、雨がしょぼしょぼ降っていたが、レイクスナム荘のこぢんまりした客間には、ブラインドが下ろされ、暖炉があかあかと燃えていた。おやじと息子が将棋(チェス)をさしていた。おやじのほうは一殺封陣、相手を窮地におとしいれて、バタバタと詰もうという日頃のハッタリ流で、今夜もわざとキングをきわどいあたりへ無鉄砲に進めてきたりするので、炉ばたで静かに編物をしていたしらが頭の老夫人までが、見かねてそばから口を出すという始末。
「そーら、あの風の音を聞いてごらん」
 取り返しのつかない差し手ちがいを、遅かりしあとになって気づいたおやじのホワイト氏は、息子の目をうまくそれからそらせようとして言った。
「聞いていますよ」息子のほうは平気で盤面を見おろしながら、片手をついとのばして、「そら、王手」
「今夜はあの男、もう来そうもなさそうだね」おやじは、盤の上に片手を浮かせたまま、言った。
「こりゃあ、詰みましたね」と、息子は答えた。
「こんなに遠くに住むと、だから困るんだ」ホワイト氏は、いきなり思いもかけないはげしい調子で言いだした。「どんなひどい泥んこの場末だって、これほどひどかないぞ。横町ときたら田圃だ。通りはまるで川だ。土地の人間はなんと思ってるかは知らんが、おおかたなんだろう、大通りに二軒しか貸家のないところなんざ、かまっちゃおれんと考えてるんだろう」
「まあさ、あなた、だいじょうぶですよ」と、妻君はとりなし顔に、「この次はあなたが勝ちますよ」
 キッと見あげたホワイト氏の目は、ちょうどうまく、母親と息子が心得顔に見かわす目と目をさえぎった。おやじの口から、出かかったことばがそのままスーッと消え、薄いゴマ塩のひげのかげに、うしろめたい苦笑がそっとかくれた。
「や、あの人、見えましたぜ」
 門のとびらがバタンと大きな音をたててしまり、のっしりした足音が玄関へ近づいてくるのを聞きつけて、息子のハーバードが言った。
(『怪奇小説傑作集1』創元推理文庫 W.W.ジェイコブズ『猿の手』平井呈一訳 より)



物語は暖かな家族の風景から始まる。
年老いた夫婦、それに彼らの1人息子。外は長雨だが、家族は仲良く団らんしている。父は息子とチェス。母親はそばで編み物。
会話の中で、彼らが貸家に住んでいること、誰か客人を待っていることもわかる。
さて、続きをちょこっとだけ書きましょうか。






客人がやってきた。知人のモリス曹長である。
彼は長らくインドに滞在し、最近ようやく帰国したため、ホワイト一家への挨拶を兼ねて、インドの奇譚、冒険譚を語るために訪問したのだ。
客人の興味深い談話を熱心に聞く家族。
老人のホワイト氏は、見違えるように凛々しい男に変貌したモリス曹長を誉め、それから言った。
「わしもインドに行ってみたいよ」
「いや、ご自分の家が一番ですよ」
曹長は謙遜とも実感ともとれる返事をする。ホワイト老人は諦めきれぬ物言いをした。
「インドの古い寺や行者や奇術が見たいと思ってな。……それはそうと、あんたがいつぞや話かけた“猿の手”とやらの話、あれはいったいどういう話だね?」
いきなりその話を振られて、曹長は言葉につまった。「聞かせるほどのものでは……」と遮ったつもりが、家族がこぞって聞き耳をたてた。「俗にいう、魔術とか妖術とか申すもんでしょうなあ……」
曹長はポケットから「しなびた動物の手」を取り出した。
気味悪がる老婦人。もの珍しそうに眺める息子のハーバード。ホワイト氏もそれを手に取り、テーブルに置いた。
モリス曹長によると、この奇妙な“手”にはある行者のまじないがかけられているという。3人の人間がそれぞれ3つの願いをかなえられるように、と。
あまりに荒唐無稽な話に、一同は笑った。(曹長のものものしい雰囲気に実際には大っぴらには笑えなかったが)
「じゃあ、あなたはなぜその3つの願いをかけないんですか?」
息子がからかうような口調で言う。
「わたしはやりました」
曹長は物静かに受けたが、その表情は青ざめていた。
「で、叶ったのですか?」
夫人がつっこんだ。
「叶いました」
簡潔な弁で返す曹長。
「どなたか他にも願った方がいらっしゃるの?」
「最初の男も願いが叶いました。――最初の2つの願いは知りませんが、3つ目は死を願ったのです。そのおかげでこの“手”が手に入りました」
曹長の、冗談めいたところのない口ぶりに、一座はしんとなった。

何を思ったか、ふいに曹長はその“まじないの手”を暖炉に放り入れた。慌ててつまみ出すホワイト氏。「焼いてしまったほうがいいんですよ」と曹長。「要らないんなら、わしがもらっておく」と老人。
ホワイト氏は尋ねた。「どうやって願うんだね?」
「右の手に高くさし上げて、大きな声で願うんです。――でも、どうなっても知りませんよ」

曹長を見送ったあと(彼は最後まで、それを捨てろ、と忠告していた)、家族は“手”にまつわる不思議な話で盛り上がった。誰も本気では信じていなかった。それ故、ハーバードは茶目っけたっぷりに提案する。
「うちにあと200ポンドあれば、家賃がすべて払えるでしょ。父さん、願ってくださいよ」
そこで、ものは試しと右手に“手”をかかげ、願いを声に出すホワイト老人だった。
「われに200ポンドを授けたまえ」
が、その瞬間、老人は悲鳴を上げ、“手”を手離した。「おい、今それが動いたぞ」
しかし、息子は気のせいと断じ、場を明るく茶化した。「きっと寝床の真ん中に、金のざくざく入った袋がデンと転がっていますよ」

次の日、金の入った袋は床のどこにもなく、一家は昨晩の馬鹿馬鹿しい出来事を一笑に付した。ハーバードは朝食の席でさらに冗談を披露し、仕事に出かけて行った。いつもと変わらない家族の朝である。
そうは言っても、ホワイト夫人はやってきた郵便配達にわずかな期待をしている自身を目の当たりにし、あの退役軍人のホラ話を腹立たしい、と思うのであった。

昼時になった。
食卓についた夫婦は、家の前をうろつく見知らぬ男に気づく。
男はしばらく逡巡していたが、決心をしたと見えて、門の中に入ってきた。200ポンドの件がよぎったホワイト夫人は、そわそわと男を招き入れる。
立派な身なりにシルクハットの正装をした男に、夫人は関心を寄せる。男が口火を切った。
「私(わたくし)、モー・アンド・メギンズ会社のものでして……」
老婦人はびくっとした。息子が勤めている会社の名だ。
「ハーバードに何かございましたか? 何があったのですか?」
つめ寄る夫人に、夫がたしなめた。ホワイト氏が言った。「まあ、落ち着きなさい、母さん。何も悪い知らせを持ってきたというわけではないのでしょう? ねえ」
「お気の毒ですが……」男は言い渋った。
「ご子息は大怪我をしました。……でも、もうお苦しみにはなってはいません」
いっとき安堵しかけた夫妻。だが、すぐにその言葉の意味するところを悟る。
「ご子息は機械に挟まれまして――」
男は努めて淡々と伝えようとしていた。「私(わたくし)は会社の一雇用人でして、社の命に従って参った次第です」
男は用件を一気に述べた。
「社としましては、全責任を放棄し、いかなる賠償も認めてはおりません。しかし、ご子息の日頃のご精勤ぶりに感謝の意を示したいと、金一封をお届け参った次第です」
「……いくらですか?」
しぼりだすような、かすれた声で問うホワイト氏に、男は答えた。
「200ポンドです」







書いてて思った。

1つ目の願い、回収終了~、という緊迫シーン以上に、

社としましては、全責任を放棄し、
いかなる賠償も認めてはおりません。

に激しく反応するサラリーマン人間。

は? 労災ないの!?

(いや、そりゃないだろう。19世紀だよ。20世紀初頭だよ。今だって、労災下りるのたいへんなんだから)
(……は! そう言えば、200ポンドって、どれくらい? 今のレートで換算したら、恐ろしくはした金だよ)
(なるほど、なるほど。正確にはわからないけれど、今の日本円に換算すると、多く見積って500万円くらいか)
(……500万円。報奨金としてはいい額だな)
(……)
(ま、いっか)


あー、何度も読むと、こんな感想すら湧いてくるな。
ええ、ええ、そんなとこは、どうでもいいのです。
戯れに願った“200ポンド”が叶ったという、絵空事と思っていた“まじない”が効いたという、その事実。

――ただし、息子の死をもって

という、残酷さ。

たった1人の大切な息子を失ったという悲しみは、200ポンドごときで癒されるものではないのです。
しかも、それが、あの冗談半分の“まじない”で成し遂げられたとしたら……!



ところで、昔話大好き人間としては、この昔話が思い浮かぶ。
昔、絵本で読んだ話。


「3つの願い」
とある夫婦のところに仙女が現れた。あなた方の願いを3つだけ叶えましょう、とほほえむ仙女。
夫婦は喜ぶが、突然の申し出に“願い”が思いつかない。お金か、寿命か、地位か。
その晩、暖炉の前でくつろぐ奥さんの口から、ぽっと出た。
「ああ、この火で大っきなソーセージを焼いたらおいしいだろうなあ」
とたん、どかんと現れる1m大の巨大ソーセージ
「バカかあ~、なんてつまんない願いをするんだ!!」
激怒する旦那さんは思わずこう叫ぶ。
「こんなソーセージなんか、お前の鼻にくっついてしまえ!!!」
とたん、ぴったりと奥さんの鼻にくっつく巨大ソーセージ
夫婦はあわてた。どんなにひっぱっても、巨大ソーセージはびくともしない。
しょげかえる2人。しかし、お互いはたと気づく。あとひとつ願いが残っている。
「お願いします! このソーセージを取ってください!!」
願いは聞き届けられ、奥さんの鼻から巨大ソーセージがぽろりと落ちた。
夫婦はいっそう喜び、それからも幸せに暮らしました、とさ。



はしょったが、こんな感じ。うん、ソーセージがおいしそうだった。
こんな、ほほえましい(笑える)話がベースになっているはずの、この『猿の手』。
なんで“200ポンド”が空中からぽっと現れないのか。
そこんとこ、リアリティーをやや陰湿な方向に追求したために、こんな話になったのです。このあとの展開も、親としての心情を追求したら、まあ、たやすく予想できるというもの。

おとぎ話の基本フォーマットに、普遍的な親子の姿、家族の思いをのっけたから、100年経った先でも共感できるんだよね。
怖いけれど、せつない。

あとさ、現実にこんな“猿の手”が現れたら、誰でも同じことをしそうだなあ、というリアリティーがすごい。そもそも捨てられたら拾うし、禁止されたら試してみたくなるもんなんだよ、人って。
その上、インドからの品、っていうフィクション的リアリティーも追加されて――

ほんと、この時代の英国ミステリー&怪奇小説、不可思議なことは全部インド、とばかりにインドネタばっかりだよっ。
理由はインドだから、で済んでしまう。東洋が欧州にとって神秘的なところであったのはわかるけれど、創作として便利だよね~~~、インド。
とはいえ、かの国がが摩訶不思議な国であるのも、ある面真実だから、これまた妙なリアリティーがでるんだよねー。

ありそうだよね。
インドに、“猿の手”。
3つの願いが叶うという――。



……。
あ、唯一の非リアリティーがあった。

そんなキモい“手”を持ち歩くなよ。
なに、さくっとポケットの中から出してんの、モリス曹長さんよ。

(不老長寿の人魚のミイラだとしても、持ち歩かないでしょ、普通)





ああ、でも、名作と言われるだけの短編ではあります♡







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# by mao-chii | 2017-08-13 22:30 | 本と物語の話 | Comments(0)
ひたすら「旅の話」ばかり量産し続けていたので、久しぶりに「神話と昔話の話」の記事を増やします。
んでもって、あと他カテゴリー含めて10記事くらい増やしたら、再び冬眠します~。



さて、今回の話。
かの有名な「青ひげ」の類話である。
「わたしが留守にしている間、この鍵束を使って、城の部屋を自由に見て回ってもよい。だが、この鍵だけは使ってはならんぞ」という言いつけを破ったせいで、夫「青ひげ」のとんでもない真実を知る若奥さまの話。
あれを思ってくれたら、いい。
昔話では、夫となる人から「~してはならない」という禁忌をもらうことになる若奥さまが多いが、禁忌というのは破られるためにあるわけで、若奥さまはたいてい(きちんと)やぶってくれます^^
もっともやぶらなければ、もっと怖い事態になっていたわけだけれど。しかし同時に、やぶることで、若奥さまの命が死に至ることもあるわけで。
そんな、どっちにしろ危機的状況には変わりない現実を実際に打破するのは、心強い「兄さん達」なわけです。ほら、今回もちゃんと語られているでしょ。


ほるぷ出版『世界むかし話 イギリス』より『ミスター・フォックス』
 
メァリーさんは若くて美しく、お嫁さんにほしいという男の人が、両手の指をぜんぶつかってもかぞえきれないほどでした。
メァリーさんにはふたりの兄さんがいて、どちらもりっぱな兵士でした。またこの美しい妹がだいすきでしたから、こんなに多くの男の人のなかから、いったいどんな相手を夫にえらぶか、いつも気にかけていました。
そのなかに、ミスター・フォックスというりっぱな紳士がいました。若いのに、ずいぶんお金持ちでしたが、この男のすじょうはだれも知りませんでした。しかし、とても勇かんでほがらかな人だったので、みんなにたいそう人気がありました。そして、この男の結婚のもうしこみかたがとてもうまかったらしく、とうとうメァリーさんは結婚のやくそくをしてしまいました。ところが、どうもふしぎなことがありました。ミスター・フォックスは花嫁をつれて帰るはずのやしきやそのみごとな家具、調度品のことはよく話すのですが、どうしたのか、見せてやろうとはひとこともいいません。まして、兄さんたちを招待する気などはぜんぜんありませんでした。


しかし、このメァリーさん、ダテに固有名詞がついているわけじゃない。
「青ひげ」と同じタイプの話なのに、ある意味全く違う話に仕上がっています。
そもそもメァリーさんは、かのお馴染みの「禁忌」を与えられてはいないのだ。
では、どうぞ!



ミスター・フォックスの振舞いを変に思ったメァリーさん。メァリーさんは結婚式前にミスター・フォックスの屋敷をこっそり訪れることにした。ミスター・フォックスと兄達が弁護士のところに出かけている間、メァリーさんは身支度を整え、屋敷に向かって出発した。
あちこち探し回った末、メァリーさんはついにミスター・フォックスの屋敷をみつける。高い城壁と深い堀に囲まれた、立派であるが――どこか薄気味悪い――屋敷であった。
城門のアーチに文字が彫り込んであった。

『勇気を出せ――勇気を出せ』

メァリーさんは勇気を出して、門をくぐった。
そこは広々とした庭だった。その隅にまた別の門があった。アーチにはこう彫り込んであった。

『勇気を出せ――勇気を出せ
だが勇気を出しすぎるな』

アーチの先は大広間であった。人気もない静かな広間に階段が続いている。メァリーさんは、階段を登った。
たどり着くと、そこは広い廊下。片側は日差しに照らされた庭を一望でき、もう片側の壁には狭い扉がついていた。
扉の上にはやはりこんな文句があった。

『勇気を出せ――勇気を出せ
だが勇気を出しすぎるな
心臓の血が凍るといけないから』

メァリーさんは明るい庭に背を向けて、その扉を開けた。
狭く暗い廊下がずっと伸びる。その廊下を下っていくと、小さく明かりが漏れる部屋があった。隙間からのぞき込み、メァリーさんは仰天した。
何本もの蝋燭に照らし出されたもの――それは、部屋のあちこちにちらばる、血まみれのウェディングドレスに身をつつんだ花嫁の骨や死体であった。
メァリーさんはきびすを返し、息もつかずに来た道を戻った。狭く暗い廊下を抜け、広い廊下を走り、階段のところまで来たとき、見知らぬ美しい娘を引きずって中庭を歩くミスター・フォックスが目に入った。
メァリーさんは階段を駆け降りると、大広間の隅にある酒だるの影に隠れた。
そのとき、ミスター・フォックスが入ってきた。
嫌がる娘を恫喝するミスター・フォックス。手すりにつかまろうとする彼女の手を、彼は怒りにまかせて、剣で打ち落とす。娘の手首は舞い上がり、指にはめたダイヤの指輪ごと、酒だるの後ろに隠れていたメァリーさんのひざに落ちた。
ミスター・フォックスがあの扉の奥に娘と共に消えるやいなや、メァリーさんはすぐさま駆け出し、

『勇気を出せ――勇気を出せ
だが勇気を出しすぎるな』

の門を越え、

『勇気を出せ――勇気を出せ』

の門を越えて、ようよう自宅に帰り着いた。
ただ、メァリーさんは可哀想な娘の手首だけはしっかりと持ち帰っていた。

さて、次の日、兄達が弁護士のもとから帰ってきたため、結婚式の準備も整い、あとは婚約の証書に署名するだけになっていた。
近所の人たちが招かれ、祝いのための料理も整いつつある中、メァリーさんはウェディングドレスを身につけ、かのミスター・フォックスも快活に応じていた。どこから見ても、良き夫ぶりである。
向かい合ってテーブルにつく2人。
ミスター・フォックスが言った。
「今朝はずいぶん顔色が悪いようだね」
メァリーさんが言った。
「夕べ、とても悪い夢を見て、よく眠れなかったからですわ」
ミスター・フォックスはほほえんだ。
「夢は逆夢というじゃないか。でも、どんな夢だったか話してごらん。きみの美しい声を聞けば、きみがぼくのものになるのを待つ時間が短くなる」
メァリーさんもほほえみ返した。その目はとても澄んでいて――
うなづき、客の前で静かに語り出すメァリーさんだった。



もう結末は予想できるでしょ。

メァリーさんが語る逐一に、青ざめ、そのたびに否定するミスター・フォックス。
メァリーさんも、そのたびに鷹揚に返す。「ええ、でも、こんなことはありえません。前にもあったためしはございませんわ」
しかし、話が佳境に入り、泣き叫ぶ娘の手首を切り払ったくだりになると、
「そんなことはありえないよ。前にもあったためしがない」
と逃げ腰でくり返すミスター・フォックスに、
「ところがこれは本当です。確かにあったことなのです。その証拠に――」



堂々と、
切り取られた娘の手首(ダイヤ付)を突きつけるメァリー。



哀れ、ミスター・フォックスは、客人達にずたずたに切り裂かれてしまいました、とさ。
一件落着。


兄ちゃんズ、出番なし。

いや、
たぶん客人と共にミスター・フォックスを成敗する役回りだったんだと思うけれど、「青ひげ」の話ように、あわやという場面で、カッコよく駆けつける兄達ではない。マジ弁護士のところに行ったことしか書かれていないよ。

そもそもメァリーさんが強者すぎる。

「青ひげ」の、周りの忠告を聞かずに結婚する若奥さまとは違って、単独で事前調査をするし、
「青ひげ」の、夫の言いつけをさくっと破り、鍵に血染めをつけてしまう若奥さまとは違って、隠れて証拠品をきっちり手に入れるし、
「青ひげ」の、兄さん達はまだなの!? と敵の城で怯える若奥さまとは違って、敵に対して自分の陣地で勝負をかけるし、

あれだ、
ミスター・フォックスこと、狐を首尾よく追い込む、手練れの狩人のようだ。

メァリーさんにしてみれば、殺人鬼に震えながらの処置だったかもしれないが、そのスマートで完璧な運びを顧みると、むしろミスター・フォックスのほうが気の毒になるね。
すごいよ、メァリーさん。
だいたいこの話、メァリーさんがいなかったらあっという間に詰んでいるよね。兄ちゃんズ、あまり役に立っていないし。

相手の秘めた最も暗い側面を、自分に最も有利な(日の当たる)場所で暴いたメァリーさんの勝ち。


というわけで、「青ひげ」モティーフというより、
「勇者メァリーの悪党成敗譚」この話も終了。



でも、昔、この話を読んで、印象に残ったのは、これ。

『勇気を出せ――勇気を出せ
だが勇気を出しすぎるな』

全く援助のない話の中で、唯一主人公の味方(?)になってくれた格言。
必要な勇気と引き際のバランスがとれていたメァリーさんだからこそ、生きて帰ってこられたのだ。
昔話よろしく、3回くり返されるこれらの格言が、この話の肝かつ、カッコよさだよな~、と思う。

で、これはこれで、実生活にも効く格言のような気がする。

それにしても、
これらの格言がなぜ「殺人鬼の館」に掲げられてあったのか。
ミスター・フォックスはなぜこの文言をわざわざ刻んでいたのか。
考えてみるとおもしろいよね。





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# by mao-chii | 2017-08-10 00:12 | 神話と昔話の話 | Comments(0)
これで最後です。

特筆するものはないですけど、
全部込みで30万円というのは、まあまあ妥当じゃないでしょうか。

全11日間。
うう、この時代は、これくらい休んでも許されていたんだよな~。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 以下、転載





<旅行概要>
スコットランド旅行
日時:2004年5月27日〜2004年6月6日
行き先:エディンバラ→インヴァネス→スカイ島→グラスゴー
宿泊:各街のゲストハウス
   エルダーヨーク   1泊35£
   クラウンハウス   1泊30£
   ローズデイルホテル 1泊45£
   チャリングクロス  1泊26£   
主な移動手段:コーチバス
       10日間の内5日間乗り放題 62£
使用航空会社:KLM   
旅行費用:航空券、交通費、宿泊費、滞在費、お土産など、
      全部込みで約30万

                    〇

最初は11エントリーで終わる予定でした。
11日間の旅行なので、1日、1エントリー。
すごくわかりやすいという単純な理由からだったんですが、ものすごく書きにくいことが1日目で判明。すぐにエピソード式に変更しました。
でも、まさかこんなにかかるとは夢にも思わず。

なので、1日目のエピソードは極端に短いです。
本当はフィレンチェ行きの女性といろいろお話したんです。
習字の先生をしていることとか、外国人にも教えていることとか、代わりに英語を教わっていることとか。
彼女は英語がうまかったです。人間、いくつになっても学ぶ意欲があれば上達するんだなと思いました。それにひきかえ、私は、学ぶ意欲、あんまりナイ。純粋な言語学習って、昔から興味なかったんだよなーとは言い訳ですか?
あれだけ「英語しゃべれたらいいなー」って書いているわりには、何もしていません。それから『国際交流〜積極的コミュニケーション』ってもんにも全く興味ありません。
……いや、ホント、書いてるだけだな。
まあ、ここら辺は性格が大きく関わっているとは思いますが。

約3年前、みんなが書いてるものを読みながら、こんな風に書けばいいんだと見様見真似でやってみたのが、このブログです。
・短いセンテンス
・行間を空ける
・たまに文字をでかくする
などなど、タグの意味も知らなかったので、書き始めは往生しました。
もっともブログの文体に決まったものがないのはすぐにわかったんですけどね。
私の文章も初期の頃と今のとではかなり違いますねえ。
今:なんか無駄に長いよなー。(書くことないからって)
初期の頃:妙に1文が短いよなー。(真似たからって)
……キャラ違うヨ。

まあ、めんどうなので今さら書き直すことはしません。
ただ、スコットランド記の1日目だけは丁寧に書けばよかったなーと後悔しています。
だって、あからさまに後ろのエントリーとつり合いがとれてないし。

スコットランド記に収めることのできなかったエピソードは多々あります。

その1:スカイ島で買ったティーセット一式。船便で丸2ヶ月かかりました。ティーセットより船便の方が高いという代物。
その2:エディンバラ観光(城以外)
その3:ハギス
※ハギスはスコットランドの郷土料理です。お酒があれば最高のつまみになるでしょう。レモネードといっしょに食べるものでは……。

                     〇

お土産リスト
「Walker」のショートブレッド
日本でも売っていますが、特にショートブレッドフィンガーは最高。バターをふんだんに使っていて、少し重みのあるもったりした感触がたまりません。
スコットランドで買おうが日本で買おうは値段が変わらないので、旅行後も定期的に買っています。それから、飲み物は断然紅茶です。間違ってもコーヒーではありません。
タータン柄
マフラーです。本当はバックが欲しかった……。
伝統的な色彩が多く、ダイアナ妃のためにデザインされたというタータン柄の衣装やバック以外、特に冒険したような柄はありませんでした。
ダイアナ妃のバックは、明るい水色の地に焦げ茶色のチェック模様が入った小さなハンドバック。とてもステキでした。でも、……高くて買えるか!
ウイスキー
言わずと知れた、スコッチウイスキーです。スコットランドに来たら、1本は買って帰りたいです。蒸留所を巡って、飲み試しをしましょう。あれ? まとも。三口しか飲めなかったからか。
バクパイプ
楽器本体は土産物には不向きです。でも、バクパイプの音色は一見ならず、一聴の価値があります。私はCDでスコティッシュホイッスルのものを買いました。……あれ?
紅茶
アイルランドもそうでしたが、紅茶だけは安いです。日本で買うよりはるかにお得です。「Whittard」の紅茶を購入しました。缶の絵柄がキュートでお洒落。ただイギリス、紅茶会社が多すぎです。
リネンのテーブルクロス
アイルランドでも売っていました。お土産には最適です。柄は様々あります。柄によって値段も違います。センスのいいものを買いましょう。ただし、そういうものはやはり高めです。
ちなみにスコティッシュフラワーは飾り栄えがあり、なおかつ安かったです。3£でした。
陶器類
スカイ島のエントリーを参照。
興味がある人にはたまらない、アーツ・アンド・クラフツの英国。倉敷の大原美術館や民芸館にも関わりがあります。
エディンバラ博物館の陶器の部屋には感激しました。その感激を英文で訪問者ノートに書き込みましたが、基本的文法を間違えました。

                     〇

そろそろ終わりです。
長々と書いてきたスコットランド記。私的お気に入りエントリーは、「ゲロ」と「シリアルフレーク」かなあ。
また、いつかスコットランドには行きたいです。
スカイ島には再度、挑戦しなければ。オークニー諸島とかシェットランド諸島とか、マイ・アイランド候補はまだまだあります。(辺境好き)

それから私。よく飽きずに書きました。お疲れ様です。
誰も誉めてくれないけど、私にはよくわかっているよ。……オメーがどれだけ飽きっぽいか。

ではでは。また会う日まで〜
                  

2007年5月 スコットランド記―――  了。

















さあ、アイスランドに行くぞ!!!

              ―2007年5月下旬出発予定―






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 転載終わり




アイスランドに行く前に何が何でも書き上げなくちゃ、の心意気で書いたものです。
つまり、行かなかったら、永遠に終わらなかったであろう、代物です^^
でも、旅行記って、追体験できるんですね。それがいい!
やっぱ、写真があると、華やかになりますな。

とはいえ、

超手抜きの“転載”記事を、わざわざ読んでくださり、どうもありがとうございました♡

しばらく海外旅行の予定はないですけど、次はコーンウォル辺りに行きたいなあ~、と考えています。
ま、思っているだけですけど^^;





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# by mao-chii | 2017-08-06 22:00 | 旅の話 | Comments(0)
新幹線で誰かのとなりに座るのはめずらしくないけれど、
そこで会話が発生する、というのはめずらしい。
それも、静かで優しい会話が。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 以下、転載



ラスト・エピソード。

日本を発ってから11日目、ついに日本に帰ってきた。
関空から特急はるかに乗って新大阪まで出る。

ところで。
前エントリーとの間にあったような気がする、アムステルダムから関空までの約10時間フライト―――は、主に寝て過ごした。

新大阪から新幹線に乗る。岡山まであと少しだ。
新幹線の自由席に向かうとフルで空いた席はない。2つ並びの席の窓側におじいさんが座っていた。
「となりいいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
おじいさんがうなずいた。

「ねえ〜、レーガンさんがねー」
「レーガンさんも長かったわよね、任期。亡くなったのねえ」
「でも、もう結構な年だったわね」
通路を挟んだ席では、大阪系のおばさま2人組がおしゃべりしていた。

(レーガン大統領、亡くなったんだ)
それは知らなかった。
グラスゴーテレビではイラク戦争関係をやってることが多かったし。まあ、飛行機に乗ってる間にお亡くなりになったようだから、テレビにも映らないし、私もそりゃ、知らんだろ。

ひざの前に赤いトランクを置く。
新大阪から岡山まで約1時間。まったりと外の風景を眺める。
新幹線が動き出して少し経った頃、おじいさんがおっとりした声で話し掛けてきた。
「どこに行かれたのですか?」
「あ、スコットランドです」
私が答えると、「ああ、スコットランドですか」と、おじいさんは慣れたように言った。
およ?
スコットランドってどこにありましたっけ? と返ってくるのが、たいていの人の定石なのに。意外に思って訊いた。
「スコットランドに行かれたことあるのですか?」
「いえいえ、スコットランドには行ったことありません。でも――」
おじいさんは私のトランクを見ながら続けた。
「いろいろな所に行きました」

このおじいさんが海外旅行フリーク!
※旅行代理店ツアーを使わない人達のこと。

「うわ、いいですねー。どこに行かれたんですか」
「もうこんな年ですから、今はね、もう行ってないんですけどね。そうですね。アメリカ、カナダ、ハワイ……。ヨーロッパでは〇〇〇、〇〇〇(忘れた。大陸のどっか)……」
「たくさん行ってますねー。いいですね〜」
「最初に行ったのはハワイでした。そこで会ったアメリカ人の家族と仲良くなって、後でアメリカの自宅に招待されましてね」
「はあ。……あの、会いに行かれたんですか」
「はい。行きましたよ」
おじいさんはあっさりと答えた。

(……じいちゃん、すごいんですけど。そのコミュニケーションスキル)

あれ? 何の縁もつくってないよ、私は。

「お1人で海外に行かれたんですか」
「いえいえ、妻といっしょに行きました」

(……しょぼん。うらやまし)←オイオイ……。これはどっちかつーと今の心境ジャマイカ?


「スコットランドはよかったですか?」おじいさんが尋ねる。
「はい、よかったです。私はアイルランドとスコットランドにしかまだ行ったことがないんですけど」
「ああ、あそこら辺ですか。景色がきれいなとこですね」
「はい、きれいでした。風景とかが大好きなんです」
私の返答に、おじいさんはまなじりを細めた。
「どこに帰られるんですか?」
「岡山です」
「ああ、じゃあもうちょっとですね。大阪から乗られたんですか」
「はい。関空を使ったんで」
私も尋ねてみる。
「どちらから来られたんですか」
おじいさんの口調は変わらず穏やかだった。
「私は三重です」

「三重県! 伊勢神宮のある所ですね」
他県の話に瞬時に興味を示す私。
「ああ、そうです。私の家からは40Kmほどありますけどね」
「行かれたことあるんですか」
「ええ、何度も行きました」

(いーなー。私も行ってみたいよ)←イケヨ

「……でも、三重からだとかなり遠いですね」
「そうですね。大阪で乗り換えをして、そこから新幹線ですねえ」
「どこまで行かれるんですか」
「私は広島です」

そこで、しばし会話が途切れた。
車窓には、緑田が途切れることなく続いている。薄雲が空に広がり、日差しこそないが、久しぶりに見る日本の、のどかな休日の風景。新幹線の走行音だけが低く響く。
いつの間にか、逆となりのおばさま達も大人しくなっていた。





と、おじいさんが唐突に首を向けた。
「ミッドウェー海戦を知っていますか」
やはり穏やかな物言いだった。

                ※

「……え? あ、は、はい!」ちょっとばかし声がうわずる。
「私はですね、生き残りなんですよ」
「それは……」
意外な話題で驚く……のもたった数秒。一気に好奇心と尊敬の念が沸き起こった。
それと―――

「明日がですね、海戦の命日でなんです」
おじいさんが静かに静かに言葉を継いだ。

私の親族に戦争で亡くなった人はいない。
父方の祖父は元々身体が弱く、最初っからお呼びがかからなかったし、母方の祖父はいざ外地に! という時に晴れて終戦になった。

「呉を知ってますか。海軍の兵学校があった場所です」
「知ってます。知ってます」
その辺の知識は本でパッチシ。でも、リアルな体験を聞くのは初めてだ。
「これから呉の海軍墓地に参るところなんです」
「じゃあ、広島から呉に」
「そうです」
「日帰りですか」
「いえいえ、1泊します」

ここで訊くべきは実戦のイロハなのか、体験の苛酷さなのか、それともおじいさん自身の心情なのか。
結局、具体的なことは何一つ口から出てこなかった。
「……いっぱい人が亡くなったんでしょうね」
なんせ、大負けに負けた海戦だ。
「ええ。そうですね」
「明日が命日ですか……」
「ええ。でも、今日死んだ者もいるんですよ」
「……」
洋上の海戦を頭に描いてみる。どんな想像も追いつかない。
「毎年、この日に参っているんですけどね。あと、年末にみんなで、あの、生き残った者が集まっているんですけどね」
「年、2回ですね」
「そうです。でも、もう年ですからね、みんなで集まるのは今年で最後にしようって言ってるんです」
「……そうですか」

ふと思いついたように訊いてみる。
「結婚はされていたんですか?」
「いえいえ。結婚したのは戦争が終わってからです。終戦の時、私は27歳でした」
関大尉のことを思い出した。
同じ海軍兵学校を卒業して、初の神風特別攻撃隊として、フィリピンのマバラカットを発った人だ。彼はまだ23歳だった。

おじいさんと私は、ポツ、ポツと会話した。
「沈没したときは大勢死にました。でも、今日、死んだ者もいるんですけどね」
おじいさんは二度、同じセリフを繰り返した。それだけは覚えている。

そして、言葉による会話はこの質問を最後に終わりとなった。
「あの、船の名前は何ですか」
「え?」
船と言わず、艦と言え。おじいさんはもちろん最初、怪訝な顔をした。
「あの、船の名前……」
「ああ」
ようやく、得心がいった表情で言った。
「ミクマです」
「ミクマ……」

空母の名前ばかりが有名なミッドウェー海戦。
けれども、「ミクマ」は調べるとすぐにみつかった。

「重巡洋艦 三隈」
1942年6月7日、撃沈。

おじいさんの言っていた命日とは、「三隈」の命日のことだった。

                ※

新幹線が走る。依然として変わらない、見慣れた風景がのんびりと流れていく。
5月の田植えからまたたく間に伸びた苗の、柔らかな真緑が目にも鮮やかだった。
おじいさんと私は、それから一言もしゃべらなかった。
駅に着くまでの短い間、二人して、窓の外をずっと眺めていた。

無言。信頼にも似た温かな繋がり。
それは、まるで「聖なる沈黙」のようだった。

誇張ではなく、そう感じた。

岡山駅に着いた。
私は立ち上がると、アンナさんが私にしたように、おじいさんに向かってかがみ込んだ。
ゆっくりと、ささやく声で―――
「どうか気をつけて行って来てください」

おじいさんは顔をほころばせて、うなづいた。

                ※

あれから、3年が過ぎている。
おじいさんは今でもお元気だろうか。
今でも達者で暮らしているだろうか。
――――と、今、書いていて思う。

どうか長生きをしてください、おじいさん。








駅に降りると、私は真っ先に家に電話をした。

無事、帰ってきました。
    ……だから迎えに来て。ヨロシク。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 転載終わり



えーと。
伊勢神宮には行きました。(遷宮前にね)
また行きたいです。

その地で、
おじいさん、お元気かなあ、と思い出していました。

2017年の今、
ご長寿なら存命でいらっしゃるだろうけれど、いやはやどうだろう。

このエピソードを読むたび、
よかったなあ、としみじみ思います。




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# by mao-chii | 2017-08-03 21:20 | 旅の話 | Comments(0)

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